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No.10「読み手と自分に寄り添える夢」

読み手と自分に寄り添える夢

井上瑞穂

 大学を卒業してから、数年間くすぶった。就活に失敗したわけではない。憧れの教師職に就けるよう努力してきて、その夢をつかむところまでは行ったのに…。結局、身体が弱い、という自分の特性がここでも人生を狂わせた。何度こうして自分に裏切られるのだろうか。   
次に就いたのは、教職よりは少しだけ体力面のハードさは落ち着いた職と思われる、児童館職員の仕事だった。子どもが好きで、やりがいがあった。ここに在職中に、私は自分の子どもを授かった。復帰への不安はゼロではなかったが、制度もしっかりある職場だったので、産休・育休を希望した。しかし、叶わなかった。今ほど働く妊婦が守られる時代背景ではなかったし、現場に穴があく期間のこと、また絶対にフルタイムで復帰を約束できるか、と言われてしまうと、こちらも身を引くしかなかったのを覚えている。ただ自分らしく働きたい。子どもの成長に寄り添いながら、ほんの少しでも社会の動力となる一人になりたい。いくらそう願っても、何度か夢をつかんでも、やはり“外で働く”ためには他者の基準にしがみついていけることが大前提となってしまう。弱い者は、排除されてしまうのだ…。そう諦めていた。

 

幸い夫の理解はあり、しばらくは子育てに専念することにした。初めての妊娠・出産・育児に向けて、たくさんのWebコンテンツを読んだ。妊産婦は、予想以上に外に出られない。身体の重みや不調、生まれたばかりの赤ちゃん。スマホやパソコンで読むことができる育児情報が、どれだけ役に立っただろう。先輩からのアドバイスや、不安に寄り添ってくれるトピックに、どれだけ救われただろう。自分が得る情報の大半は、ネットの子育てコンテンツ。勉強しながら楽しみながら日々を過ごしていると、ある日目に止まった、ネットの一文。
「ライター募集:あなたの経験を活かして、一緒にママ向けコンテンツを作りませんか?」
 書くことを仕事に、なんて考えたことのない人生だったが、「もしかすると、自分に向いているかもしれない。」一筋の光が見えたあの日を、私ははっきりと覚えている。自分のキャリアを簡単にまとめた後、テストライティングに応募。まったくの初心者が、2つのキュレーションメディアのライターとして、おうちワークのスタートを切れたのだ。

 

 自分の児童分野の知識や資格(教員・保育士免許)、子育てを通して得たノウハウ。そして、子どもと接する仕事や子育てを経験してこそ感じた、悩みや葛藤。Webコンテンツは、10人のライターがいれば10の色が当たり前のようにあり、それが活かされ好まれるメディアだと感じた。制度や知識面など、間違えてはいけない記事はもちろん1次ソースを調べながら、時に何度も修正しながら、読者の方に正しい情報を届けていく。私自身も、こうした先輩ライターの方々の努力によって、初めての出産育児で助けられた経験がある。私自身の得意不得意でいうと、情報まとめ系のコンテンツは不得意分野だ。昔から作文でも日記でも、時系列や事実の羅列よりも、自分の思いのたけを書く方が好きだった。しかし、「誰かに伝える」ことを目指した時に、一人よがりな文章は、読者に全く届かない。読んでもらうためには、何をどう書くべきか。さらには、多くのコンテンツでは字数目安もあるので、いかにまとめるか。子育てをしながら、日々学びを得ながらパソコンに向き合える。金額は大きくはないが、報酬もいただけるこの毎日は、いつしか私にとってとんでもないモチベーションとなっていた。
 不得意分野も、記事数が増えるごとに、いつしか得意になっていた。いや、それを見抜いてくれたのは、編集担当の方だった。「よくまとめてくれてありがとうございます。次は○○のリサーチをお願いします。」ざっくりとしたテーマの提示のみで、あとはこちらに任せてくれる。だんだんと、体験談の依頼も増えてくる。我が子におもちゃを作りながら、その過程を撮影。それを記事にすることで、誰かの役にも立てている。離乳食づくりにも、記事にするからには、とより慎重になる。結果的に、それは我が子へのプラスにもなる。子育てをしながら子育てコンテンツのライターとなれたことは、私にとってあまりにもプラスが多かった。「やりがいが半端ない! 」砕けた言葉で伝えたくなる、この思い。
 そもそも私は、子どもと関わる仕事で、子ども自身はもちろん、子育てをする保護者の方や広くは地域貢献もできる、いつかはそんなワーカーになりたい。そう思い、教職を目指してきた。しかし、気持ちと身体のバランスが合わず、自分の気持ちに何度もふたをした。そんな時に出会った、子育てコンテンツの執筆というおうちワーク。目の前の子どもと関わる職種とは形は違うが、むしろ、私が本当に届けたい相手に、思いを届けられる仕事かもしれない。そんな風に感じた。「不安な初めてのこと(妊娠~育児)の連続に、外にも出られずだれとも話せず…。」そんな方々に情報を届けているのは、同じ思いを経験してきて今も日々もがいている、少しだけ先輩にあたる人。見えない相手だけれども、書き手と読み手は、同じ思いを持ったパートナーかもしれない。子育て分野に限らず、数多くあるWebコンテンツの一つ一つには、書き手の思いがのせられているのだ。
 我が子(息子)ももう小学校生活を折り返し、あの初めての喜びの日から、随分と時間が経った。「読み手に届けたい思い」を意識して文章を書くことは面白い。あの日、おうちワークに出会わせてくれた巡り合わせは、息子の読書・作文好きにも繋がってくれているようだ。息子が賞をもらったり、「また書いてみたい。」と意欲的に文章を書く姿を見た際には、息子を褒めるとともに、おうちワークに感謝する。私の子育てと息子の人生の中に、笑顔でパソコンに向き合える私のおうちワークがあって良かった。と。
 思いは形を変えていく。思いは形に変えられる。おうちワークが身近にある子どもたちの、未来の選択肢は今後もどんどん広がっていくことだろう。

 

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