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No.11「病院ワークでの気づきの発展」

病院ワークでの気づきの発展

笑う希望

私はアレルギー科クリニックの開業医で、アトピーに免疫抑制剤の外用薬を使わない治療をしている。そういう治療をしている医師は日本で非常に少ないので、治療を希望して全国から患者さんが受診する。20年以上治療してきて、アトピーの治癒例は数万人に及ぶ。アトピーは正しい治療で治癒する病気である。そう思って診療に精進する日々であったが、ある時に私自身が心筋梗塞になった。幸い、家族や救急隊や循環器の医師が迅速に対処してくれて危機を脱し、後は入院してリハビリとなった。病室で休息をとり、リハビリ部門に通う日々となった。当然、医師としてクリニックで診療はできない。
 しかし、私が治療しているアトピーの患者さんは、まだまだ症状の重い方もいて途中で治療の中止はできない。そこで天才的な運営のスタッフが考えてくれたのは、私が入院中のまま治療を続けるという超絶技巧的な方法である。即ち「病院ワーク」で、実施するには主治医の許可をもらった。つまり、クリニックは私の直接の診察はなしとするが、薬が必要な方は受診して前回と同じ処方ということで近隣の病院に頼んで受診して、そこで処方してもらう。その病院にはアレルギー科はないので交渉は難航したが、志の高いスタッフが誠意と熱意でそれをクリアーしてくれた。同じ処方でいいかどうかは、スタッフが私の携帯電話に連絡して確認する。つまり私が入院しながら治療の指示をするというスタイルである。薬がしばらくはなくても良いという方は、症状をきいてアドバイスのみする。そういう連絡が必要なことが結構頻繁にあり、時には詳細な指導が必要なこともある。1)感染症、2)リバウンド、について述べる。
1)感染症:アトピーには単純ヘルペスウイルス感染症(ヘルペス)の合併も多い。他院でアトピーの悪化とされて、当院でヘルペスと診断され、適切な治療で改善する方は多い。だからスタッフもヘルペスの症状を見慣れている。そしてヘルペスは繰り返す。患者さんも自分で判っているので、「ヘルペスかもしれませんが、どうしたら良いですか?」と問い合わせの電話がくる。それをスタッフは適切に症状をきき把握して、私の電話してくる。総合的な症状からヘルペスが疑わしければ、近医で薬を貰うようにアドバイスする。アレルギーの薬は前回同様ということで処方できるが、ヘルペスの薬は処方できないので、近医で処方して貰うのである。
2)リバウンド:アトピーで外用剤を長期塗布した場合、中止するとリバウンドという症状の悪化がある。軽症から重症まで様々であるが、入浴がリバウンドを悪化させることが多く報告されている。私は、3日に1回シャワーで、多くのリバウンドを改善させている。ひどいリバウンドには、1週間に1回シャワーが有効である。だから治療はアレルギーの内服と入浴制限とカバーであり、数週間かかる場合があるが改善する。しかし外用剤を塗布していた方々は、カバーのみの治療に不安をおぼえ、何か塗布してしまうことも多い。経験的、理論的に治らないリバウンドはない。だが、リバウンドの起こる時期は様々で、外用薬をやめてすぐ発症する方もいるが、1年後に発症する方もいる。アトピーの悪化がリバウンドか、感染症(細菌やヘルペス)かの判断は重要である。リバウンドなら今の治療の継続で良いが、感染症なら抗生剤や抗ウイルス剤が必要である。
そういうアドバイスをしながら、私の入院の日々は過ぎていった。心筋梗塞は急性期を過ぎれば、内服とリハビリの治療となる。検査はあるが、毎日そんなに治療では時間をとられない。逆にいうと暇である。アトピーのようにかゆみが続くわけでもなく、症状も全くないので、油断すると病気への闘病心が軽減する。そこでひらめいた。アトピーの方々が、症状が改善すると自己判断で内服をやめてしまい、その後悪化する場合がある。それはアトピーへの過小評価と闘病心のゆるみであろう。医師としてはいかに治療のモチベーションを強くもってもらい、継続するかが、良い治療となる。薬を処方して終了ではない。継続して治療してアトピーを治癒させることが大切で、それは医師とスタッフと患者さんの三者の協力によるチーム医療となる。そう気がついたのは「病院ワーク」のおかげである。また治療中の方は「病気」なのでと思い込んで、社会や周囲の人々との交流が減少する場合がある。しかしそれは悪循環で、社会の一員であることを再認識して周囲の方と交流をして、生き生きと生活をすることで、精神的にたくましくなれる。特にアトピーは精神的な要素が強い病気で、「改善の希望がもてない」、「孤独で辛い」、とネガティブな心理は改善を遅らせる。それはまた心理的ストレスを形成し、症状を悪化させる。だから常にチームでの治療が必要である。「病院ワーク」は約2週間続き退院し、自宅療養となった。
今度は「おうちワーク」として、家から電話でスタッフと連絡をとり、患者さんへのアドバイスを続けた。時には不安から話をきいてもらいたくスタッフに電話する方もいる。熟練したスタッフは私の指導をもとに適切なアドバイスで答えてくれ、安心された患者さんは多い。そういう方は改善が早い。一方、症状が不安定であっても自己流で「何とかなる」と思い込んで、問題が解決せずそのままで悪化した方は多い。また「おうちワーク」をしていると、家族が私の仕事を目の当たりにして、仕事の内容を理解して患者さんの為に頑張っていると、再認識してくれた。普段、クリニックで仕事をしていると、仕事の内容が家族にはわからない。そもそも他府県から患者さんが受診していることも知らないので、頻繁に電話連絡があり、全国から患者さんが受診していることが、家族には新鮮な驚きであった。それは「おうちワーク」の予想しない効果であったが、家族と仕事の理解を共有できたのはありがたかった。それも気づきである。
また「おうちワーク」で、スタッフとのコミュニケーションがより精密に濃厚になり、相手の本当に伝えたいこと、こちらが本当に伝えたいこと、の情報のやりとりが習熟した。相手が見えないし、普段行動で示していることも全て会話でするので、その分本能的に情報には敏感になる。一言一句聞き漏らさないようにし、こちらの意思もはっきり伝えるように進歩した。つまり、会話がより奥深く、よりわかりやすくなっていった。しかもそれが自然体で、特別な集中力もいらずにできた。そういう意味で、職場で行き詰まっていたら、「おうちワーク」をしたら解決の道がみえるのではないか。職場での人間関係もリフレッシュできるし、普段見えない物が見えてくる。また家族との距離感も一気に減少し、仕事と家庭のバランスをとるのにも熟達する。職場も家庭も切り離すのではなく、それぞれが融合する生活が理想である。
私はクリニックに復帰したその後も遠方の患者さんで、すぐ受診できない場合は電話再診という形でアドバイスを続けた。また私自身も健康に注意するようになり、病気の意味、病院受診の貴重さ、診察時のコミュニケーションの重要さの気づきをくれた「病院ワーク」「おうちワーク」に感謝する。

 

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