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No.29「私の生きがい」

私の生きがい

池田リナ

「先生、この文の”that”はここではどういう役割をしているんですか?」
「お、いい質問だね。それはね、うしろの文を見ると…」
「なるほど!じゃあこの文の意味は…」

 

画面の中にいる生徒の表情が一気に輝く。
「あ、分かった!」「そっか!」
今まで分からなかったことが理解でき、少しずつ自分に自信がついていく。こうして小さな成功体験を積むことで、自己肯定感が高まり、その子の成長に繋がっていく。そんな生徒たちの姿を見るたび、「思い切って転職してよかった。」としみじみ思う。

 

 五年前、私は長年勤めていた保険会社を辞め、高校の英語教員になった。教師になることは、子供の頃からの夢であった。大学時代もそのつもりで教員免許を取得した。だが、いじめや不登校、モンスターペアレントといった、教育を取り巻く深刻な問題や、「定額働かせ放題」などと揶揄されるような教員の激務について知るうち、「自分のような人間に教師が務まるはずがない」という思いが強くなっていった。そして迷ったすえ、私は周りの友人たちと同じように就職活動を始めたのだ。内定を頂いたのは、教育とはかけ離れた保険会社だったが、それなりにやりがいも感じ、部下ができてからは「中堅」的存在として大きな仕事も任されるようになっていた。だが、心のどこかではいつも、子供の頃からの夢を諦めきれずにいた。そして、「たった一度の人生。挑戦せずに後悔することだけはしたくない。」と転職を決意したのだ。
 ところが、ようやく夢を叶えて第二の人生をスタートさせたその矢先、新型コロナウイルスの蔓延により、社会の在り方や働き方は大きな変容を求められた。それは学校でも同じことだった。入学式をはじめとした学校行事は軒並み中止。休校が続き、オンライン授業の準備が急ピッチで進められた。私も、慣れない作業に手間取りながら授業サイトを開設し、生徒たちへ向けて自己紹介動画を作成した。
 授業初日、不安と緊張のなかZoomを繋ぐと、次々に生徒たちが画面の中に現れた。
「初めまして。英語の授業を担当する後藤です。分からないことがあれば何でも気軽に質問してくださいね。」
すると、やや間があってから、生徒たちも口々に「よろしくお願いします。」と挨拶してくれた。本来なら、教室で生徒たちと向き合い、チョークを片手に様々な話をする自分を想像していた。初対面が画面の中というのは不思議な感覚だったが、これはこれで別の感動がある。
 その後、自粛が緩和され登校できるようになると、やはりコミュニケーションは対面して直接言葉を交わすのが一番だと実感したが、これもオンライン授業を経験したからこそ再認識できたことだと思う。
 もともと「アナログ人間」で、「オンラインでできることなど限られている」と思い込んでいた私だったが、実際に授業をしてみると、良い面もあることに気づいた。自宅からアクセスするだけで授業に参加できるので、不登校の子や人とのコミュニケーションが苦手な子も、質問しやすくなる。また、声は出さなくてもメッセージや絵文字で反応することができるため、互いの意思疎通も少ない負担でできる。私自身も、オンライン授業の回数を重ねるうち、様々なアプリの使い方を徐々に覚え、より分かりやすく工夫することができるようになっていった。

 

 現在、私は都内の中高一貫校で教員として働く傍ら、全国の不登校の中高生を対象にオンライン授業を配信している。フリースクールと個別指導塾を掛け合わせたようなものだ。今ではすっかり私のライフワークであり、生きがいとなっている。始めは顔を見せてくれなかった子が、しだいに打ち解けていろいろな話をしてくれるようになったり、勉強に不安を感じていた子が「学ぶ楽しさ」に目覚め、どんどん質問してくれるようになったりすると、私も教師としての喜びとやりがいを感じる。互いに自宅で授業を共有することで、生徒との距離も近く感じられるようだ。もちろん、日々彼らから学ぶことも多い。一人ひとりの生徒との出会いは、私にとってかけがえのない財産である。
 変化が激しく、先を見通すことが困難な現代では、学校教育の在り方や働き方も柔軟に変えていく必要があるのだろう。私自身、育児や介護に追われるようになった時、この「おうちワーク」があることで精神的にも助けられるはずだ。
 今後の私の夢は、オンライン上で会っている彼らに、もっと自分の可能性に気づいて、学ぶ楽しさや人と関わる喜びを知ってもらうこと。そして、リアルな世界で自分の夢を実現し、豊かな人生を送ってもらうことだ。

 

 「では、授業を始めます!」
 彼らが自信を持って旅立ってくれる日を楽しみにしながら、今日も私は画面の中の生徒たちに呼びかける。

 

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