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No.31「独立して実現できた出版の喜び」

独立して実現できた出版の喜び

志摩杜史

私は大学卒業後、食品会社に就職した。20社以上会社訪問をして、唯一内定を取れた会社だった。第一志望ではなかったが、当時は働く場所があるだけ安堵した。私が就職した頃は、日本がちょうどバブル景気になる直前だった。入社五年目の夏、私は一度、激務で倒れたことがあった。その時、自分の将来について真剣に考える機会を得た。会社にも自分の将来にも希望が持てなかった私は国家資格を目指すことにした。資格を取れば独立も夢でないと思い、それをモチベーションに資格取得に励んだ。しかし仕事をしながら資格の勉強をすることは容易ではなかった。三度目の試験の直前、会社を辞めて試験に掛けた。その年に資格を取得して、念願だったコンサルタント会社に転職することができた。日本各地でショッピングセンターを企画・開発する仕事はスケールが大きく遣り甲斐もあった。しかし同時に、そこで凄まじいパワハラを経験することになろうとは夢にも思わなかった。私の場合、直属の上司が無責任極まりない人間だった。進行中のプロジェクトを途中で放り投げ、上手くいかない案件を私に押し付け、責任転嫁するような卑劣な人間だった。苦労して実績を上げても正当に評価されなかった私は、度重なるトラブルやストレスから自律神経を乱して過敏性腸症候群になった。毎日のように通勤途中で途中下車して、駅のトイレに駆け込んだ。私はこのままこの会社にいたらよくて鬱病、下手したら殺されるかもしれないと次第に危機感を憶えるようになった。仕事を通して成長することもでき、遣り甲斐も感じていたが結局、自分の身を守るため六年で会社を辞めた。
会社を辞めた私はコンサルタントとして独立することを考えた。コンサルティングファーム時代は常に自分自身で問題を考え、解決することを求められてきた。しかし、そういう経験が独立の際、大きな糧になった。また、元々一人で仕事をすることが好きだったので、誰にも邪魔されずマイペースで仕事をすることは私の性に合っていた。引きこもりと言えば聞こえは悪いが、おうちワークと言えば聞こえもよい。おうちワークの良さは極力、嫌いな人間と関わらなくて済むことである。気の合う人間とだけ仕事ができるのは最大のメリットである。独立したころは2000年代に入り、パソコンが普及してネット環境が整ったことで、一人でいる孤立感もほとんど感じなかった。私の場合、むしろ水を得た魚のように自由な発想で仕事ができた。独立の際、私がまず目標に掲げたことは自分の著書を上梓することだった。コンサルタントなので、独立して最初に書いた本は当然、ビジネス書だった。その本は幸い書店での評判がよく後々、ビジネス誌の取材などに繋がった。今まで何度か大きなプロジェクトには関わってきたが、いつも裏方で自分の名前が出ることはけっしてなかった。しかし、独立すれば著者やビジネス誌にストレートに自分の書いた文章やコメントが出るのも大いに励みになった。一冊目は自費出版だったが、出版社に企画や原稿を何十回と送るうちに商業出版も実現した。新聞の全国紙に私の本の宣伝広告を掲載してくれたのも嬉しかった。今では私は6冊の著書を数えるまでになった。最近はビジネス書だけでなく、投稿サイトに小説も書いている。ビジネス書からビジネス小説、エンターテインメント、ミステリー、私小説などに領域を広げていけることも新たな喜びがあった。小説を書くことが私にとって今一番楽しい時間である。
結論から言うと、私はコンサルタントとして大きな成功はできなかったが、独立して以来様々なメディアに取り上げられ、図書館に何百冊と自著が入り、今まで6冊の著書を上梓できたことには満足している。もし会社にいながら本を書こうと思っても、おそらく1冊も書くことができなかっただろう。今思うと、一人でいたからこそできた出版だった。小説まで出版できたことは想定外だったが、新たな可能性や手応えも感じた。
 世間ではまだ、おうちワークに否定的なイメージもある。引きこもりイコール悪いことという誤った常識がある。しかし、私は会社に居場所がないと感じたならまた、そこにいることで不快に感じる組織からは逃げ出してもよいと思う。また、あえて合わない人間に迎合したり、付き合わったりしなくてもよいと思う。私流、積極的逃げのススメである。極力、嫌な場所や嫌いな人間からは逃げるべきである。馴染めない組織や嫌いな人といる間に、時は過ぎて人生はあっという間に終わってしまう。人生は誰でも一度切りである。そう考えたら、正当に評価をされない場所や嫌いな人間のいるところに長居している暇などないはずだ。自分を殺すことで得られた安定や幸福など所詮まやかしで、私から見たら愚の骨頂である。好きなことをしないで忍従して生きてきた人が自分の人生を最後に振り返った時、幸せだと思えるはずがないと思うからだ。
 私は創造的な仕事をする人は案外、おうちワークが性に合っている人が多いと考えている。組織の中にいると変に雑音が入ったり、他人に惑わされたりして集中できないことが多い。そんな時、むしろ一人になることをオススメする。都会の喧騒から逃れ一人になって自然の声に耳を澄ましてみると、ふとアイデアが浮かぶことがある。私はよいアイデアが思い浮かばなかったりした時、裏山を散歩することにしている。そうするとどこからか突然、よいアイデアが降ってきたり、浮かんでくることがある。こういう感覚は、普通に会社にいたら絶対にありえないことだ。たしかに独立には収入の保証はないがその分、サラリーマンが持てない自由時間がある。もちろん苦痛な通勤時間もない。また、定年も自分で決めてよいから生き甲斐も感じる。私はコンサルタントとして、また私人として、今後も自分が書きたいことを一冊でも多く、本という形で世に残すことを目標にしていこうと考えている。

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